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広島地方裁判所 平成元年(行ウ)12号 判決

原告

亡三宅一郎訴訟承継人

三宅喜美枝

亡三宅一郎訴訟承継人

三宅隆

亡三宅一郎訴訟承継人

松枝恭子

亡三宅一郎訴訟承継人

三宅健次朗

右四名訴訟代理人弁護士

高村是懿

坂本宏一

吉本隆久

山田慶昭

阿左美信義

佐々木猛也

津村健太郎

被告

広島南税務署長

大成一貴

右指定代理人

榎戸道也

外三名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六三年一月二三日付けでした三宅一郎に係る昭和五九年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消すとの処分を取り消す。

2  被告が昭和六三年二月一五日付けでした三宅一郎に係る別紙処分目録記載の各処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  三宅一郎(以下「一郎」という。)は、広島市南区宇品神田二丁目一九番六号他において化粧品・日用雑貨類販売の小売業を営み、その所得税につき被告から青色申告書提出承認(以下「青色承認」という。)を受けていた者である。

2  一郎は、昭和五九年分ないし昭和六一年分(以下「係争年分」という。)の所得税について別表一記載のとおり青色申告書により確定申告をした。

3  被告は、昭和六三年一月二三日付けで一郎の昭和五九年分以降の青色承認を取り消す処分(以下「本件青色承認取消処分」という。)をするとともに、同年二月一五日、別紙処分目録記載のとおり各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件各更正処分と本件各加算税賦課決定処分を併せて「本件課税処分等」という。また、本件青色承認取消処分と本件課税処分等を併せて「本件各処分」という。)を行った。

4  一郎は、平成元年八月八日死亡し、相続人である原告らが本件訴訟を承継した。

5  しかし、本件各処分は、いずれも違法であるから、原告らは、請求の趣旨に記載のとおり、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1ないし4の各事実は認める。

三  抗弁

1  本件税務調査の経緯

(一) 被告は、一郎が提出した昭和五九年分ないし同六一年分の各確定申告書及びこれらに添付の各青色申告決算書を検討したところ、損益計算書給料賃金欄には二八〇六万三一三八円と記載されているが、その内訳が記載されておらず内容が不明であり、また、長期(七年)間税務調査がなされていないこと、事業実態が不明であることなどから、被告所属の係官をして一郎の右所得税につき調査を実施させた。

(二) 昭和六二年九月二四日、杉田富男係官(以下「杉田係官」という。)は、一郎の所得税の調査のため広島市南区宇品神田五丁目所在の一郎の店舗(以下「宇品神田店」という。)に臨場したが、一郎も帳簿書類の記帳者である原告三宅隆(以下「隆」という。)もいずれも不在であったので、従業員(隆の妻三宅由美子。以下「由美子」という。)に係争年分の税務調査のため来訪したことを告げ事業の概況を聴取するとともに、同年一〇月二日再度臨場するので同日帳簿及び証憑書類(以下「帳簿等」という。)を揃えて提示するよう要請したところ、同人はこれを了承した。

(三) 同年一〇月二日、杉田係官及び長谷川修係官(以下「長谷川係官」という。)が宇品神田店に臨場したところ、一郎は不在であったが隆がいたので、同人に対し係争年分の税務調査のため来訪したことを告げ、帳簿等の提示を求めたところ、同人は「帳簿書類は民主商工会(以下「民商」という。)に預けているのでここにはない。」と答え、前回来訪の折り係官が由美子に帳簿等を用意しておくよう依頼していた件については「聞いていない。」と答えた。

そこで、係官らは、一郎に直接面接したうえで税務調査に協力を求めようと広島市南区宇品海岸一丁目所在の一郎宅(以下「一郎宅」という。)に同人を訪ねたところ、妻(原告三宅喜美枝。以下「喜美枝」という。)は、一郎は体調不良で面会できないと言い、結局面会することができなかった。そこで、係官らは、同月六日までに一郎から係官に連絡をして欲しい旨記載した連絡メモを喜美枝に渡し、一郎へ同メモを取り次ぐよう依頼して同所を辞去した。

(四) その後、一郎から連絡があったので、同月六日右二名の係官は一郎宅へ赴いたが、一郎は不在であった。そこで、同所にいた隆や喜美枝に対し帳簿等を提示して調査へ協力するよう要請したところ、同人らは民商の事務局員一名(石本哲也)及び民商会員六名を立ち会わせており、隆及び同石本らは「調査の具体的理由を開示するとともに民商事務局員の立会いを認めなければ調査に応じられない。」旨申し立て、係官らが「調査理由は昭和五九年分、同六〇年分及び同六一年分の所得税の申告内容の確認である。」旨回答したが、「それでは具体的な調査理由にならない。」「もっと具体的な理由を言うように。」「具体的調査理由がない限り帳簿書類は見せられない。」として調査に協力する態度を全く見せず、かえって右立ち会っていた者が「調査の理由を言え。第三者の立会いがあったら見せてやる。われわれの税金で生活しているのではないか。商工新聞に載せてやる。」などと感情的発言を繰り返し、隆及び喜美枝も係官らの要請にもかかわらず第三者の退席を促す措置をとらなかったため、通常の調査協力のための説得や質問検査ができる状態ではなくなり、調査をすることができなかった。

(五) 同年一二月一一日、杉田係官は宇品神田店に臨場し、一郎及び隆に対して係争年分の帳簿等の提示を求めたが、同人らは「帳簿書類は民商に預けてあるので同所で見て欲しい。」と答弁するのみで、帳簿書類を提示して調査に協力する姿勢を一切示さなかった。これに対して同係官は一郎に帳簿等を自らのもとに取り寄せ調査に協力するよう申し入れ、来週中に来訪することを告げて同所を辞去した。

(六) 杉田係官は、同月一四日宇品神田店に臨場し、一郎及び隆に面接のうえ、帳簿書類の提示を求めたが、依然として帳簿書類は民商に預けたままであり、一郎らの手許に用意されていなかったので、調査はできなかった。同係官は次回調査日までに係争年分の帳簿書類をすべて取り寄せ、第三者の立会いのない状態で提示するよう申し入れて同所を辞去した。

(七) 同月一六日、杉田係官は宇品神田店に臨場し、一郎と面接のうえ、右(六)で申し入れた帳簿書類の提示を求めたが、一郎は「帳簿書類はまだ民商に預けてある。民商の方で見て欲しい。」と申し立てるのみであった。そこで、同係官は、帳簿書類の提示がなくこれまでのように調査に協力が得られないときは青色承認の取消しもあり得ること、次回調査日までに係争年分の帳簿書類をすべて取り寄せ、第三者に立会いをさせないようにして提示することを申し入れて、同所を辞去した。

(八) 同月二三日午前一〇時三〇分ころ、長谷川係官は調査のため一郎宅を訪問したが、一郎は体調不良ということで面会せず、隆が応対した。そして、隆は、同係官を一郎宅の二階に案内したが、同所には既に民商事務局員二名(甲田洋、石本哲也。)が本件税務調査に立ち会うべく待機していた。そこで同係官は、守秘義務を理由として石本らに退席を要請したところ、隆や甲田が係官の言葉に反論する等してしばらくの間口頭でのやりとりがなされたが、やがて甲田は、隆に階下に降りるよう指示するとともに、同人が降りるや、予め机の上に置いていた昭和六一年分と思われる帳簿一冊のみを示し、「ここで今から三〇分で帳簿を見てくれ。」と言い残し、石本とともに二階から降りて行った。隆は二階から降りると宇品神田店へ出掛けてしまった。

右係官は、三店舗分の帳簿の集約状況等記帳状況につき隆に質問調査をする必要があること、帳簿を見ていいと言ったのが隆ではないこと、同所に一人でいることは物の紛失等後々で問題になる可能性があることなどから、同所に一人で滞留して調査を継続することなく、隆のいる宇品神田店に自ら出かけて隆に一郎宅二階での調査に同席し、帳簿の内容を説明するように求め、かつ帳簿の提示時間を三〇分に限定したり、提出する帳簿を一冊に限定することのないように再三にわたり要請したところ、隆はこれに応じ帳簿等を提示する意思を窺わせた。そこで、係官は税務調査を実施すべく隆と一郎宅二階に戻り、昭和五九年分から同六一年分の帳簿及び備付け証憑書類の提示を要請すると、隆は証憑書類が入っていると思われる袋を箪笥(あるいはロッカー)から持ち出してきた。そして、係官が、記帳している帳簿の種類、一郎と隆との同居の有無及び生計の同一性等について隆に質問を開始すると、二階に、再び上がってきていた甲田が「隆は従業員じゃないか。そういう質問を受けるようになっていない。三宅さん、これは見せなくてもいいんです。」と言って答えることも提示することも翻意させた。そして、甲田らは係官の退席要求に応じず、かえって「納税義務者は違う。従業員に何を言っているのか、従業員に質問するようになっていない。従業員に対して質問する権利はない。」などと怒号するなどして隆に対する係官の質問検査を執拗に妨害し続けたので、調査はできず、隆も甲田らに対し調査ができるような措置を何らとらなかった。

(九) そこで、被告は、これ以上一郎の事務所に臨場しても一郎及び隆は帳簿等を提示せず、税務調査に協力しないものと判断し、所得税法(以下「法」という。)一五〇条一項、一五六条、国税通則法二四条及び六五条の規定にしたがって本件各処分を行ったものである。

2  本件青色承認取消処分の適法性

(一) 青色申告承認制度は、適式に帳簿書類を備付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する納税者に対して特別の青色申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては推計課税を認めないなど納税手続上の特典及び各種準備金、繰越欠損金の損金算入など所得計算上の特典を与えるものである。

(二) 右帳簿書類の備付け等の懈怠は、青色申告承認申請の却下事由及び青色申告承認取消事由である(法一五〇条一項一号)が、青色申告制度の趣旨及び右各規定に照らせば、法は当該納税者において客観的に帳簿書類の備付け等をしている事実が存在するだけでは足りず、その帳簿書類について税務署長が法二三四条の規定に基づく調査をすることができ、その結果帳簿書類の備付け等が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ青色申告承認による特典を与えたものと解される。すなわち、青色申告者の帳簿書類の備付け等とは、単に帳簿書類を物理的に備え付け、記録、保存することを意味するものではなく、それを税務職員に提示することをも当然に包含しているのであって、帳簿書類を提示しないことは、法的にはその備付け等が欠如していることになる。

したがって、青色申告の承認を受けている者が右帳簿書類に係る調査に対し正当な理由がないのにこれに応じず、そのため税務職員が右帳簿書類の備付け等の正確さを確認できないときは法一五〇条一項一号の青色申告承認取消事由に該当するものといわなければならない。

(三) これを本件についてみると、前記のとおり、係官らが、一郎の確定申告に係る所得金額の正確性を調査するため帳簿書類等の提示を再三にわたって要請したが、一郎及び同人から税務調査の対応を任されていた隆は、調査の具体的な理由を開示しかつ民商事務局員等の立会いを認めない限り調査に応じられないとしてこれを提示せず、調査への協力を拒否した。また、昭和六二年一二月二三日の調査の際、昭和六一年分と思われる帳簿が提示されたが、これは、納税義務者である一郎ないしその家族ではない第三者(甲田)から見てよいと言われたにすぎず、しかもこの帳簿一冊に限り提示時間を三〇分と限定したものであって、係官がこれを閲覧・検討して青色申告承認の基礎としての適格性を有するものか否かを判定し、かつこれに基づき所得金額を正しく算定して納税申告をしているか否かを調査検討できる状況での提示ではなかったので、これをもって帳簿書類等の提示があったとはいえない。そして同日のその後の調査においても隆は第三者を立ち会わせたうえ調査を妨害させるなどした。

このようにして一郎及び隆は、昭和六二年九月二四日、同年一〇月二日、同月六日、同月一一日、同年一二月一四日、同月一六日及び同月二三日を通じて、結局のところ被告係官らにおいて係争年分の青色申告に係る帳簿書類を任意に閲覧することができない状態においたものであり、その結果、被告は、一郎の帳簿書類等の備付け等が正しく行われているか否かを確認することができなかったものであるから、一郎側の右行為は、法一五〇条一項一号の取消事由に該当するものというべきである。したがって、被告がこれを理由にした本件青色承認取消処分は適法である。

3  本件課税処分等の適法性

(一) 推計の必要性

前記2のとおり、係官らは、一郎の事業所である宇品神田店や一郎宅に調査のため臨場し、係争年分に係る事業に関する帳簿書類等を提示するよう求めたが、一郎側はその事実に関する何らの帳簿書類等を提示しなかったために一郎の所得金額を実額計算によって把握することができなかったのであるから、推計課税の必要性が存したことは明らかである。なお、推計課税の必要性の有無は課税の適法性に何ら影響しないと解すべきである。

(二) 推計の合理性

(1) 昭和五九年分の所得税について

① 売上原価の額

一億三〇七二万八八三六円

被告が一郎の仕入先を調査して把握した金額である。

② 売上金額

一億九六八八万〇七七七円

①の額を基礎数値として別表二(類似同業者の所得表 昭和五九年分)記載の業種業態及び規模が一郎と類似する業者A、B、C、D(以下「類似同業者」という。)の売上原価率(売上金額に対する売上原価の額の割合)の平均で除したものである。

類似同業者は、昭和五九年ないし同六一年の間青色申告の承認を受け化粧品小売業を営んでいる者で、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしておらず、当該事業に係る売上原価の額が各年分において①の金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額の範囲にあり(なお、法人については昭和五九年分は昭和五九年六月三〇日から昭和六〇年六月二九日までの間)、当該事業に係るテナント店舗を総合スーパー内に一店舗ないし三店舗有している者で、更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過している者又はこれらの争訟が継続していない者という条件のすべてに該当する者を選定した。

かくして類似同業者は機械的に抽出され、恣意的選定の余地はなく、資料内容は正確であるから、被告の売上金額の推計方法は客観的な合理性を有するものである。

③ 算出所得の金額

一五三五万六七〇〇円

②の額を基礎数値として、別表二記載の類似同業者の所得率(売上金額に対する算出所得の金額の割合)の平均を乗じて算定したものである。

④ 事業専従者控除額 四五万円

一郎の妻喜美枝にかかるものである。

⑤ 事業所得の金額

一四九〇万六七〇〇円

③から④を控除した額である。

⑥ 不動産所得金額

四万二〇〇〇円

原告らとの間で争いがない金額である。

⑦ 配当所得金額 四万〇八〇〇円

原告らとの間で争いがない金額である。

⑧ 総所得金額

一四九八万九五〇〇円

⑤に⑥と⑦を加算した額である。

⑨ 更正処分における総所得金額

一二七八万七六八〇円

(2) 昭和六〇年分の所得税について(算出方法は(1)と同様である。)

① 売上原価の額

一億三七七三万〇八七九円

② 売上金額

二億〇四六五万二一二三円

③ 算出所得の額

一五三四万八九〇九円

④ 事業専従者控除額 四五万円

⑤ 事業所得の金額

一四八九万八九〇九円

⑥ 不動産所得金額 なし

⑦ 配当所得金額 九万二二六〇円

⑧ 総所得金額

一四九九万一一六九円

⑨ 更正処分における総所得金額

一三四三万七八九八円

(3) 昭和六一年分の所得税について(算出方法は(1)と同様である。)

① 売上原価の額

一億三二七三万七八一二円

② 売上金額

一億九九〇〇万七二一四円

③ 算出所得の金額

一四一二万九五一二円

④ 事業専従者控除額 四五万円

⑤ 事業所得の金額

一三六七万九五一二円

⑥ 不動産所得金額 なし

⑦ 配当所得金額 九万二二六〇円

⑧ 総所得金額

一三七七万一七七二円

⑨ 更正処分における総所得金額

一三三一万〇三五七円

右のとおり一郎の昭和五九年分、同六〇年分及び同六一年分の各総所得金額は、更正処分における各総所得金額をいずれも上回っているから、その範囲内でなされた本件各更正処分は適法である。

(三) また、一郎が昭和五九年分、同六〇年分及び同六一年分の各所得税の確定申告を過少に行ったことについては、国税通則法六五条四項所定の正当な理由が存在しないから、被告が、同条一項に基づいてした本件各過少申告加算税賦課決定処分も適法といわなればならない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 同1(一)の事実は知らない。

(二)同1(四)の事実のうち、民商事務局員や民商会員らが立ち会ったことは認める。隆は同日係官が臨宅した際、帳簿を用意し、提示すべく準備しており、また、帳簿を見てくれと係官に申し入れたが、係官が第三者の立会いのある状態では見れないとして帳簿を見ようとしなかったのである。

(三) 同1(五)ないし(七)の各事実のうち、係官が一二月一一日、一四日、一六日宇品神田店を訪問したことは認める。一郎はその際係官に「帳簿は民商に預けてあるから民商と相談して決めてくれ。」と言って、帳簿提示の時期及び方法を民商との話合いで合意することを求めたのである。

(四) 同1(八)の事実のうち、一二月二三日午前一〇時三〇分ころ長谷川係官が一郎宅を訪問したことは認めるが、甲田が「三〇分で帳簿を見てくれ。」と言ったこと及び隆らが同係官の調査を妨害したことは否認する。一二月二三日の臨場の際、係官は石本らの立会いを理由に隆の提示した現金出納帳を見ようともしなかったので、隆は、係官とこれをめぐってやり取りを続けたが、午前一一時三〇分ころになったので、隆は「それでは、立会いなしに帳簿を見せるから、とりあえず昼まで見なさい。」と言って、係官を除いて全員が二階の事務所を降り、石本らはそのまま階下に留まり、隆は宇品神田店に戻った。ところが、それから四、五分後二階から係官が降りてきて、石本らに「本人がいないと帳簿を見れない。」と言いだし、隆を宇品神田店に呼び戻しに行った。隆は係官が同店において「三〇分では帳簿を見ることはできない。」と言うので、「それなら十分に時間をとって見せてあげる。」と言って一二時前に再び係官ともに本店に戻ってきた。本件二階事務所の机の上には、すでに昭和六一年度の現金出納帳が置かれていたので、石本らの同席しているもとで、係官に対し「何時間でも見なさい。」と告げ、同現金出納帳を検査し終えたら順次昭和六〇年分、同五九年分の現金出納帳を見せると言った。ところが係官は「これだけでは駄目だ、書類がいる。」と言うので、隆は大風呂敷に包んで保管していた領収書、請求書預金通帳などの伝票類を持参したが、係官は「伝票は書類ではない、こんなものが見れるか。」と暴言を吐いて、結局帳簿も伝票類も見ようともしないで同所を立ち去ったのである。

(五) 同1(九)の主張は争う。係官は最初から本気で帳簿を検査するつもりはなかったのであり、隆は、帳簿書類等を係官に提示し、その検査を求めたにもかかわらず、石本らの立会いを理由にあえて隆の提示した帳簿書類等を検査せず、さっさと反面調査を実施するなどして、本件青色承認取消処分を行ったものである。

2  抗弁2について

いずれも争う。

3  抗弁3について

(一) 同3(一)の主張は争う。一郎は係争年分の帳簿書類を記録し、保存していたから、これを使用して実額を把握することができ、推計の必要性はない。

(二) 同3(二)の主張は争う。被告の類似同業者の選定には次のとおり合理性がない。すなわち、各類似同業者の青色申告決算書が提出されていないこと、原処分庁選定の類似同業者と被告選定の類似同業者は二業者しか共通していないこと、その共通している類似同業者であるC、Dの所得金額及び所得率は異議決定書及び裁決書で示された数値と異なっていることなどから右各類似同業者の実在に疑問がある。一郎は化粧品小売業者であるとともに、利益率の低い日用雑貨も扱っているが、被告選定の類似同業者は右要素が考慮されていないから一郎とは業態を異にする。また一郎は、テナント料を支払わなければならないスーパー内で二店舗を経営しているから、スーパー内に二店舗を有する業者を基準とすべきであるのに、被告は何の根拠もなく一ないし三店舗を有する業者を基準としているから、業態を異にし、類似同業者とはいえない。

五  本件青色申告承認取消処分の違法性に関する原告の主張

1  法一五〇条一項一号に定める取消事由は、「その年における第一四三条に規定する業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が第一四八条一項に規定する大蔵省令に定めるところに従って行われていないこと。」であり、文理上、帳簿書類を提示しないことはこれに該当しない。被告主張のような解釈は明文に反して納税者の不利益に働く方向で類推もしくは拡大解釈するものであり到底許されない。そうでないと税務署側によって帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているか否かを確認することができないとしていくらでも拡大して適用されることになり不当である。

そして、帳簿書類の記帳・保管義務とこれをどのように税務署に見せるかは全く別個の問題である。右記録・保存等が正しく行われているか否かの確認と法二三四条の質問検査権の行使とは画然と区別されなければならない。質問検査権に応じないことと右取消事由とは無関係である。

したがって、帳簿書類の不提示は右取消事由に該当しないのに、また、被告の質問検査権の行使に対して帳簿書類を提示しなくても直ちに右取消事由に該当しないのに、右取消事由に該当するとしてなされた本件青色承認取消処分は違法である。

2  しかも、法二三四条の質問検査権は、自主申告権を認めた申告納税法方式においては、あくまで申告が適正でない合理的な疑いがある場合に許されるに過ぎない。そして質問検査権は権力的作用を有するから、税務調査における事前通知、調査理由の開示は被調査者に弁解、防御の機会を与えるために必須の事項である。

しかるに、本件において、係官は調査理由や調査事項を開示せず、守秘義務は問題とならないのに民商事務局員が一郎の権利の防御のために立ち会うことを拒否し、調査開始後間もなく反面調査に入っており、本件税務調査は違法である。また、係官が納税者である一郎に対し一度も質問権を行使せず、最初から一切の帳簿等の検査を求めたのは検査権の濫用として違法である。

したがって、一郎はそもそもかかる違法な質問検査権の行使に対しては、帳簿等の提示義務を負うものではない。

3  本件青色承認取消処分通知書記載の附記理由は、昭和六二年一二月一一日、一四日及び一六日の三回にわたる調査において一郎が帳簿書類を提示しなかったことであり、これが被告の処分理由であり、これ以外は処分理由とはなりえない。したがって、右三回の調査により法一四八条一項違反の事実が立証されたか否かであるが、右三回の調査はすべて二、三分という短時間で終了した予備的打合わせに過ぎず、被告は一郎の青色申告適格性に関する調査は全く行っていない。しかるに一郎が右三回の調査の際に帳簿書類を提示しなかったとして本件青色承認取消処分をしたのは違法である。

4  隆は、一二月二三日、前記のとおり係官に帳簿書類を提示した。しかるに、係官が「こんなもの(伝票類)が見れるか。」と暴言を吐いて立ち去り調査をしなかったのである。したがって、いかなる意味においても前記取消事由に該当しない。

5  青色申告承認取消処分は納税者の意思に反する不利益処分であるからその手続上一定の慎重さを必要とするので、まず第一に、承認取消事由の存否それ自体を確かめるための独自の調査を必要とし、仮に帳簿書類に瑕疵がある場合にも、法一四八条二項により「必要な指示」を行うべきであり、またその瑕疵が重大である場合には法一五一条一項により将来に向かって効力を発する「取りやめ」を慫憑すべきである。そのうえで納税者がこれに従わないときに青色承認の取消処分をなしうるのである。しかるに、被告は、原告に対し所得税の調査は行ったものの青色申告の適格性についての独自の調査は実施せず、瑕疵の指摘もせず、瑕疵に対する必要な指示も青色申告の取りやめの慫憑もせず、突然に本件青色承認取消処分をしたのは処分権の濫用として違法である。

六  原告らの右主張に対する被告の反論

1  法二三四条は、所得税につき調査の権限を有する収税官吏において客観的に必要性があると判断される場合には職権調査の一方法として質問検査を行う権限を認めた趣旨であるから、調査の目的を青色申告承認の取消事由の存否だけに限定して行う必要はなく、調査の際に帳簿書類の提示が拒否された場合には法一五〇条一項一号に該当するものとして青色承認取消処分をしても適法である。

2  調査理由を告知するか否か、第三者の立会いを認めるか否か、反面調査の時期、質問権と検査権の行使の順序等は権限ある税務職員の裁量に委ねられている。

3  本件青色申告承認取消通知書に昭和六二年一二月一一日、一四日及び一六日の三日間に関する事実を記載したのは、納税義務者である一郎に直接会って同人の意思を確認した日を、帳簿書類の提示がなかった日の例示として記載したものである。右通知書には主要な事実だけの記載で足り、これによって一郎は処分理由は帳簿の不提示によるものであり、当該事実が法一五〇条一項一号に該当するものであることを十分了知し得る。また、法一五〇条二項の趣旨からすると、行政処分の適法性を根拠づける事実と理由附記の内容が同一のものであると評価できれば、抗告訴訟において理由を差し替えることも許され、附記理由の瑕疵を根拠に処分を違法であるということはできない。

4  原告らの「必要な指示」等に関する主張はその前提において失当である。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし4の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第一二号証によれば、一郎は、本件各処分を不服として昭和六三年三月二二日広島南税務署長に異議申立てをしたが同年六月二九日棄却され、同年七月二九日国税不服審判所長に審査請求をしたが平成元年三月一三日棄却されたことがそれぞれ認められる。

二  まず、税務職員の帳簿書類の提示要求に対し、納税者が正当な理由がないのにこれに応じず、そのため税務職員が帳簿書類の備付け、記録及び保存が法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って正しく行われているか否かを税務署長が確認できないとき、右提示拒否は法一五〇条一項一号が定める青色申告承認取消事由に該当するか否かについて検討する。

青色申告制度は、税務署長が、帳簿書類を正確に記録、保存している納税義務者に対して青色申告書による申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては納税手続上及び所得計算上の特典を与え、これにより申告納税制度のもとにおいて正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励するものである。法一五〇条一項一号は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告承認の取消事由と規定しているが、この取消事由は青色申告承認申請の却下事由と同じであり、そして青色申告制度の右趣旨を考えれば、法一五〇条一項一号は、税務署長が法二三四条に規定されている質問検査権に基づく納税者に対する税務調査により帳簿書類の記録等が正しく行われているか否かについて確認出来ることを当然の前提としているものというべきである。したがって、青色申告の承認を受けている納税義務者が正当な理由がないのに当該帳簿書類を税務署長に提示して右確認のための調査に応じることを拒否し、これにより右確認ができないときは、たとえ当該納税義務者の帳簿書類の備付け、記録又は保存が正しく行われていたとしても、税務当局がその点を確認できない以上、青色申告制度の前提自体が欠けることとなり、右の者に青色申告承認の特典を与えるのは適当ではなく、法一五〇条一項一号の取消事由に該当すると解するのが相当である。同条項一号をこのように解しても同号が当然の前提としていることであるからその文理に反したり同号を拡大解釈したりするものではない。もとより、右のような取消事由の認定は慎重になされるべきであるから、税務当局においても帳簿書類について右確認を行うために、社会通念上当然要求される程度の努力をしたといえる場合でなければならない。なお、原告らは法二三四条に基づく質問検査権の行使と法一五〇条一項一号の帳簿書類の記録、保存等の確認とは画然と区別されるべきであると主張するが、同確認は右質問検査権に基づいて行われるものであるから、右質問検査権の行使に応じず帳簿書類を提示しないで右確認ができないときは、右青色承認取消事由に該当する。

三  次に、本件青色承認取消処分通知書に取消しの基因となった事実として、被告は、昭和六二年一二月一一日、一四日、一六日の三回にわたる税務調査の際の帳簿書類不提示の事実しか記載しなかったことは当事者間に争いがないので、本訴において右処分理由として被告は昭和六二年九月二四日、一〇月二日、同月六日、一二月二三日の税務調査の際の帳簿書類不提示の事実を主張することは許されないかについて検討する。

成立に争いがない甲第八号証、証人杉田富男、同長谷川修、同中原末幸の各証言によれば、被告は、その係官が一郎の昭和五九年、同六〇年、同六一年の所得税の確認調査のため昭和六二年九月二四日から同年一二月二三日まで七回にわたって一郎の本店又は宇品神田店の店舗に行って一郎の右年度の帳簿書類の提示を求めたのに右帳簿書類の提示がなかったとして、昭和六三年一月二三日一郎に対して青色承認取消処分をすることにしたが、右臨宅調査のうち係官が一郎本人に直接会って帳簿書類の提示を求めた日は昭和六二年一二月一一日、一四日、一六日の三回だけであったため、処分通知書には附記理由(取消しの基因となった事実)として右三日の三回にわたって右係争年分の帳簿書類の提示がなく、この事実が法一五〇条一項一号に該当する旨記載したことが認められる。

右事実によれば、処分通知書に記載された右三日間の日における税務調査もそれ以外の日における調査も係争年分の所得税調査として一連の同一の調査であり、右三日間の日及びそれ以外の日における係争年分の帳簿書類不提示の事実は同一の事実として一体的に評価されるべきものである。被告が本訴において右三日間の日以外の日における係争年分の帳簿書類不提示の事実を主張しても、処分通知書に記載された事実と関連しない別の事実を新たな処分理由として附加するものでないことは明らかである。そして、処分通知書に右三日間の日における帳簿不提示の事実しか記載されていなくても、一郎は、係争年分の帳簿書類の不提示が処分理由であることを理解することができ、同帳簿書類を提示した事実があればそれを指摘して右処分を争うことができたから、被告に右三日間の日以外の日における右帳簿書類の不提示の主張を許しても、右処分を争う一郎に格別の不利益を与えるものではない。

したがって、被告が本訴において前記主張をすることは許されるというべきであり、右調査の全過程を通じて被告主張の帳簿書類不提示の事実があったか否かが判断されるべきである。

四  そこで、本件税務調査の経緯について検討する。

証人杉田富男、同長谷川修、同中原末幸、同甲田洋(ただし、後記信用しない部分を除く。)の各証言及び原告三宅隆本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

1  被告は、一郎の店舗は個人で商う化粧品の小売業としては規模が大きいのに、七年間税務調査がなされず、青色申告書を検討したところ、経費のうち給料の明細が決算書に記載されていないなどの理由から、一郎の昭和五九年、同六〇年、同六一年分の所得税の調査を実施することにした。

2  被告所属の杉田係官は、昭和六二年九月二四日、宇品神田店を訪問したが、一郎と隆は不在であったので、由美子に昭和五九年、同六〇年、同六一年分の税務調査で来訪したことを告げ、取扱商品や仕入先などの概況を聴取し、記帳は隆がしていることを聞き、次回調査日には右各年度の帳簿を用意しておいて欲しいと依頼し、次回は一〇月二日に臨場することを告げた。由美子は杉田係官が右述べたことを隆に伝えた。

3  同年一〇月二日、杉田、長谷川係官は字品神田店を訪問したが、一郎は不在だったので隆と由美子に会って概況を聞くとともに、事業に関する右年度分の帳簿の提示を求めたが、隆は「帳簿は民商のほうに預けてあるからここにはない。」と答えた。そこで杉田係官らは、納税者である一郎本人に直接面会して調査に協力してもらおうと考えて一郎宅に出向いたが、喜美枝が一郎は二階で寝ていると述べたので、一郎と面会することができず、喜美枝に一〇月六日までに連絡をして欲しい旨の連絡票を渡し、これを一郎に渡してもらうように依頼して辞去した。隆はこれらの模様を広島民商に連絡した。

その後、被告の方に一〇月六日に会う旨の連絡が入った。

4  同月六日、杉田、長谷川両係官は一郎宅を訪問したところ、一郎は不在で、隆、由美子、喜美枝、石本民商事務局員及び民商会員六名がおり、隆に対し帳簿書類の提示を求めたところ、同人らは調査の理由の開示を求めたので、右係官らは所得税の申告内容の確認である旨説明したが、右隆及び石本らは、「調査の理由が具体的に示されないと見せない。」、「民商関係者の立会いがなければ見せない。」と発言し、右係官らは第三者のいるところでは見ることはできないと述べたが、隆らはこもごも右趣旨の発言を興奮気味に繰り返し、隆は係官の要求する帳簿の提示をしなかった。そこで杉田係官らは、第三者の立会いがあり、帳簿も提示されない以上、税務署の方針で調査すると言って同所を辞去した。

5  同月中旬、被告は一郎の取引先に対し反面調査を開始した。

6  被告係官はまだ一郎本人に直接会って帳簿書類の提示を求めていなかったので、同年一二月一一日、杉田係官は宇品神田店で一郎と隆に面会し、帳簿書類の提示を求めたが、一郎は「民商のほうに預けてあるから民商のほうで見て欲しい。ここにはない。」と答えた。これに対して杉田係官は民商から帳簿書類を取り寄せておくようにと言って二、三分で同所を辞去した。

7  同月一四日、杉田係官は、再度宇品神田店に行って一郎に対し帳簿書類の提示を求めたが、右6と同様の理由で提示はなく、二、三分で辞去した。

8  同月一六日、杉田係官は、また宇品神田店に行って一郎に対し帳簿書類の提示を求めたが、右と同様の理由で提示はなく、二、三分で辞去した。なお、杉田係官は中原統括官から同日の調査の際に帳簿書類の提示がないときは青色申告承認の取消処分があり得ることを一郎に伝えるように指示を受けていたが、その指示にしたがってその旨を一郎に伝えて帳簿書類の提示を強く求めることまではしなかった。

9  一郎は本件税務調査の対応を隆及び広島民商に任せていたころ、一郎に対する右調査の経過の報告を受けていた広島民商事務局員石本は、同月一六日ころ同事務局長の甲田洋と相談のうえ、このまま帳簿を提示しないと青色申告を取り消される可能性があると判断し、被告係官に対し一郎宅で一郎の帳簿を見せる旨連絡し調査の日時を同月二三日午前一〇時三〇分と決めた。

10  同月二三日午前一〇時三〇分ころ、長谷川係官は一郎宅を訪問したが、喜美枝から一郎は体調不全で寝込んでいると聞き、隆が帳簿の記載についてわかるので一郎の代わりとして調査に応じることを承諾したので、長谷川係官は隆を相手に調査を進めることにした。隆は同係官を、右9記載の石本が予め帳簿(昭和六一年分の現金出納帳)一冊を置いていた座卓のある一郎宅二階の居間に案内した。ところが同係官に続いて右石本及び右9記載の甲田が同部屋に上がって来たので、同係官は甲田らに対し同席しないように求めたところ、甲田は隆に対し階下に下りるよう指示して下ろした後、同係官に対し「ここで三〇分で見ろ。」と言うなり、石本と一緒に階下に下りて行った。同係官は、右帳簿をぱらぱらと見たところ昭和六一年分の現金出納帳らしいことがわかったが、右帳簿の記帳方法、内容について隆から説明を受ける必要があると考え、また、他人の家の部屋で一人で税務調査をしていて物が紛失したとして後で問題にされたことがあった旨の話を思い出し、同様に問題とされては困ると思い、隆を呼び戻すため宇品神田店に出向き、隆に対し帳簿を提示して説明するように依頼して同人を再び呼び戻した。同係官は二階に戻った隆に対し、係争年分の帳簿書類すべてのほかにその証憑書類の提示を求めたところ、証憑書類が入っているらしい白いビニール袋を箪笥又はロッカーから机の上に持ち出したので、隆に対し、どういう帳簿をつけているかなどと質問していたところ、同席していた甲田は同係官に「お前は従業員に何を言っている。」と言い、同時に隆に対して「その袋は見せる必要がない。」と言ってこれを仕舞わせてしまい、また、同係官が隆に「一郎と生計が一緒かどうか。」と質問したところ、甲田及び石本は「従業員に質問をすることはない。」「隆は納税義務者でないから質問するようになっていない。」などと怒鳴って係官の質問を遮るなど調査を妨害し、険悪な雰囲気になったので、調査を中止して帰った。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人甲田洋の証言及び原告三宅隆本人尋問の結果は前掲証拠に照らして信用できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。特に右証言及び隆本人尋問の結果中には、一二月二三日の調査の際、係官の求めに応じて領収書、請求書の入った風呂敷包みを提示した隆に対し、係官は「こんなもの見れるか。」と述べたとの部分があるが、もし右のような事実があったとすれば、隆、甲田、石本は当然係官の右発言に抗議したであろうと考えられるのに、右発言自体を問題にした様子が全く窺えず、かえって、甲田は右発言に引き続いて隆に対して伝票類は見せる必要がないと言ったというのでは双方の言動の推移としていかにも不自然であり、信用できない。

五  右認定事実をもとに、一郎及び隆は被告係官の求めに応じて帳簿書類を提示したといえるか否か、被告係官は帳簿書類の確認を行うために相当の努力をしたといえるか否かについて判断する。

1  一郎及び隆が昭和六二年九月二四日から同年一二月一六日までの調査において係官に昭和五九年分ないし同六一年分の帳簿書類を一切提示しなかったことは明らかである。

2  隆は、同年一二月二三日係官に対し帳簿のことはわかり一郎の代わりとして調査に応じることを承諾して昭和六一年分の現金出納帳一冊が座卓の上に置かれている二階の部屋に係官を案内したが、係官に何も告げないで甲田の指示により階下に下りてしまった。その後甲田が係官に対し右帳簿を三〇分で見うと言ったが、係官は前記認定事情から隆を呼び戻すため隆が行った宇品神田店に出向いたのであり、隆の同席及び帳簿説明は、一郎の三店舗を有する営業規模等から見ても、右現金出納帳の記帳等の正確性の確認のために必要であったから、係官が右出向いた行為は何ら非難されない。したがって、甲田が係官に帳簿を見うと言っても、帳簿の右確認ができる状態ではなかったから、隆は係官に対し右確認のため帳簿を閲覧に供したということはできない。

3  隆が二階の部屋に戻った後も、隆は係官の依頼よりも同席した甲田の指示に従い証憑書類が入っていると思われる袋を仕舞ったうえ、甲田らが係官の質問を大声で遮ったりして調査を妨害するのを放置し、結局甲田らのこれらの調査妨害により係官は座卓の上に置かれていた帳簿が正しく作成されているか否かを確認することができなかった。したがって、この際も隆は係官に対し右確認のため帳簿を閲覧に供した即ち提示したということはできない。

4  被告係官は、昭和六二年九月二四日から同年一二月二三日までの間七回にわたり一郎宅を訪問し昭和五九年ないし同六一年の事業に係わる帳簿書類の提示を求めたが、一郎がその対応を一任していた広島民商事務局員石本及び隆は同年一〇月六日具体的な調査理由の開示及び民商事務局員の立会いを執拗に求めて帳簿書類の提示をしなかったものであり、一郎本人も同年一二月一一日係官と面談し、係官から民商から帳簿書類を取り寄せておくように言われたのに、同月一四日、一六日係官が調査に訪れた際も、一郎はいずれも「帳簿書類は民商に預けてある。民商で見てほしい。」と言うのみで、帳簿書類を民商から取り寄せる等して係官の帳簿書類の提示要請に応じる気配は全くなかった。もっとも、係官も右の際一郎に対し、民商で帳簿書類を見ることのできない理由や青色申告制度の趣旨の説明をしたりして帳簿書類の提示要請の努力をもっとすべきではなかったかとみられるが、一郎又は隆は絶えず広島民商に調査の経過を報告し、広島民商の指示に従っており、その指示により同月二三日一郎宅で調査が行われることになった。しかし、同日係官は甲田、石本に対しては調査に立ち会わないように求め、隆に対しては帳簿の説明を求めてわざわざ宇品神田店に出向いて一郎宅に隆を呼び戻し、隆に質問をするなどして調査をしようとしたが、右要請を無視して同席していた甲田らの前記調査妨害によりそれ以上調査を進めることができなかったのである。したがって、被告は昭和六二年九月二四日から同年一二月二三日までの間の調査を通じてみると、一郎の係争年分の帳簿書類の備付け状況等を確認するために社会通念上要求される程度の相当の努力をしたが、一郎側の理由のない非協力により右確認ができなかったものということができる。

六  原告らは本件税務調査は調査理由の非開示、第三者の立会い拒否等により違法であったと主張するが、本件税務調査は前記認定のように一郎の青色申告書の内容等から被告において調査の必要性があると判断することができたところ、原告ら主張の調査理由の告知、実施日時の事前通知、質問と検査のいずれを先にするか、第三者の立会いを認めるか否か、反面調査の実施時期等は、法律上一律の要件とされているものではなく、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられており、前記認定の調査の経緯に照らせば、右の点に関する被告の措置に右裁量の範囲を逸脱した違法は認められない。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

七  原告らはまた、被告が一郎に対して青色承認の適格についての調査を行わないで本件青色承認取消処分をしたのは違法であると主張するが、右取消事由が存在すれば取消処分を行うことができるから、右主張は失当であるのみならず、被告が右調査を行っていることは前記認定の調査の経緯に照らせば明らかである。また、被告は一郎の帳簿書類が正しく作成されているか否かを確認できなかったのであるから、法一四八条二項による「必要な指示」をしないのは当然であり、また、納税者が任意に青色申告書の提出を止める場合の法一五一条一項による「取り止め」を被告が一郎に慫憑すべき義務もない。

八  以上によれば、一郎は係争年分の事業に関する帳簿書類を被告に提示して同帳簿が正しく作成されているか否かを確認するための調査に応じることを拒否し、これにより右確認ができなかったから、一郎がいかなる帳簿を記録し保存していたかを問うまでもなく、本件青色承認取消処分事由の存在が肯定され、右処分は適法である。

九  次に本件課税処分等の適否について検討する。

1  推計の必要性

前記税務調査の経緯で認定したように、一郎は被告に対し昭和五九年ないし六一年分の事業に関する帳簿書類を提示してその帳簿の正確性の確認の調査に応じなかったため、右各年分について一郎の事業所得を実額によって把握することができなかったものであり、推計の必要性があったことは明らかである。

2  推計の合理性

(一)  一郎の売上原価の額

証人景山高資の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし一七及び右証言によれば、被告主張の各係争年分の売上原価は、被告が一郎の仕入先を調査して把握した金額であることが認められ、原告らも特にこの金額を争っていないので、一郎の係争年分の売上原価は被告主張の金額と認めるのが相当である。

(二)  類似同業者の選定及びその合理性

証人景山高資の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし一二、第四号証及び右証言によれば、広島国税局直税部国税訟務官室所属の被告元指定代理人景山高資らは、本訴提起後、一郎の事業所得金額を推計するため、一郎と業種、業態及び事業規模が類似する同業者を求めることとし、被告が調査により把握していた一郎の売上原価、一郎が本店の外に、スーパー内で二店舗(宇品神田店及び可部サンマルコ店)を経営していること等を考慮して、被告主張の類似同業者の条件を定め、広島県内で本件係争年分について右条件すべてを満たす個人及び法人を選定することとし、広島国税局長の通達により広島県内の各税務署長に対し右に該当する個人及び法人の売上金額、売上原価の額、売上原価率、一般経費、算出所得金額、算出所得率を、個人は、所得税青色申告決算書又は営庶業所得調査書に基づき、法人は、法人税確定申告書及び同申告書に添付された損益計算書並びに調査事績に基づく最終処理額に基づき報告するように求めたところ、福山税務署長から別表二ないし四記載の類似同業者A、三次税務署長から同B、広島西税務署長から同C、広島東税務署長から同D(いずれも法人)が該当する旨の報告がなされ、その各報告書によれば、右A、B、C、Dの売上金額、売上原価の額、算出所得の金額、算出所得率は別表二ないし四記載のとおりであったことが認められる。

右認定の事実によれば、右四名の業者が選定された過程に被告の思惑や恣意は介在していないということができ、また、右各業者の算出所得金額等の数値は法人税確定申告書等に基づくものであり正確であるということができる。そして、右各業者は、いずれも、一郎と同じ広島県内の化粧品小売業者で、スーパー内に化粧品販売のテナント店舗を一ないし三店舗を有し、売上原価の額が近似している者であるから、一郎と業種、業態及び事業規模において類似している同業者であるということができる。したがって、右四業者の算出所得によって一郎の算出所得を推計することは合理的なものと認めることができる。

原告らは、右四名の類似同業者について青色申告決算書が提出されていないうえ、同業者と原処分庁が選定した類似同業者とは二名しか共通しておらず、しかもその二名であるC、Dの所得金額及び所得率が異議決定書及び裁決書で示された数値と異なることなどから、右四名の業者の実在に疑問があると主張するが、類似同業者の特定が可能になるような青色申告決算書を提出しないことは守秘義務によりやむをえないことであり、また、前記景山高資らが選定した類似同業者の条件と原処分庁の選定した類似同業者の条件が同一であるとはいえないのであるから共通する業者が二名だけであっても不自然であるとはいえない。前掲甲第一二号証、乙第二号証の一ないし三、七ないし九、成立に争いがない甲第一三号証及び証人景山高資の証言によれば、右共通する二業者のうち別表二ないし四記載の類似同業者Cは昭和五九年、同六〇年、同六一年分を通じ売上金額、売上原価の額、所得金額とも原処分庁が選定した時の数値と一致しており、右別表記載の類似同業者Dは右各年分を通じ売上金額、売上原価の額は一致しているが、所得金額が一七万六一〇〇円ないし三二万四〇〇〇円の差異があることが認められる。しかし、右Dの所得金額の差異は、東税務署長が広島国税局長に報告する際、法五六条の趣旨に従い、より厳密に法人所得を個人所得に換算するために代表者個人の不動産所得の必要経費相当額を把握し調整したために生じたものであるとの被告の説明(平成六年九月三〇日付被告準備書面第三の二の2の(二)の(2))はその説明に照らし理解できるところである。したがって、原告ら主張の理由から前記AないしDの類似同業者の実在を疑うことはできない。

また、原告らは、一郎が化粧品とともに利益率の低い日用雑貨を小売りしていたこと及び一郎がテナント料を支払わなければならない二店舗で営業していたのに前記AないしDの四業者は一ないし三の店舗で営業する者であるから、一郎と右四業者は同業者としての類似性を欠くと主張するが、スーパー内の化粧品小売業者には日用雑貨を扱っている者も少なくないことは公知の事実であり、また、当該事情は類似同業者の平均値による推計を著しく不合理ならしめるほどに顕著な特殊事情とは認められない。また、スーパー内に一ないし三店舗を有する者は全く有しない者より一郎の営業形態により類似するものである。そして、仮に一店舗数の差異があったとしてもその差異は右四名の同業者率に吸収されると考えることができる。類似同業者の条件としてスーパー内に二店舗を有する者としてすべての条件を満たす者の数が極端に少なくなると、その平均値に客観性を欠くおそれがあり、かえって相当でないのである。

したがって、原告らの右主張は本件推計の合理性を何ら左右しない。

(三)  算出所得金額

別表二ないし四記載のAないしDの類似同業者四名の平均売上原価率及び平均算出所得率によって一郎の所得金額を算出すると、昭和五九年は一五三五万六七〇〇円、昭和六〇年は一五三四万八九〇九円、昭和六一年は一四一二万九五一二円となる。

(四)  事業所得の金額

右(三)の金額から一郎の妻喜美枝の事業専従者控除額各係争年分とも四五万円(原告らはこの金額を明らかに争わない。)を控除した金額である。

(五)  総所得金額

右事業所得金額に一郎の不動産所得金額及び配当所得金額(これらの金額が被告主張のとおりの金額であることを原告らは明らかに争わない。)を加えた金額であり、その金額は、昭和五九年分は一四九八万九五〇〇円、昭和六〇年分は一四九九万一一六九円、昭和六一年分は一三七七万一七七二円となる。

3  一郎の本件各係争年分の総所得金額は、いずれも本件各更正処分による総所得金額を上回っているから、本件各更正処分は適法である。

4  本件各過少申告加算税賦課決定について

一郎が係争年分の各所得税の確定申告を過少に行ったことについては、国税通則法六五条四項所定の正当な事由が存在しないから、被告が同条一項に基づいてした本件各過少申告加算税賦課決定処分は、いずれも適法である。

一〇  結論

よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉岡浩 裁判官岩坪朗彦 裁判官山野幸雄)

別紙

処分目録

処  分

金額の費目

昭和59年分

昭和60年分

昭和61年分

更生処分

総所得金額

1278万7680円

1343万7898円

1331万0357円

納付すべき税額

327万4500円

354万9600円

347万8500円

賦課決定

処  分

過少申告加算税

1万1000円

13万円

23万3000円

別表

係争年分

昭和59年分

昭和60年分

昭和61年分

総所得金額

968万0831円

664万7738円

362万1518円

納付すべき税額

198万5000円

103万2000円

33万3000円

別表

二類似同業者(事業所得)の所得率表 (昭和59年分)

類 似

同業者

①売上金額

②売上原価の額

③算出所得の金額

④平均売上

原価率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

2億2249万8170円

1億5622万5807円

1180万3837円

0.7022

0.0530

B

1億4587万2518円

9172万3024円

1493万3040円

0.6288

0.1023

C

2億2203万3385円

1億4801万9169円

2360万3240円

0.6667

0.1063

D

1億9883万3787円

1億3012万3054円

1053万0522円

0.6545

0.0529

合 計

2.6522

0.3145

平 均

0.664

0.078

別表

三類似同業者(事業所得)の所得率表 (昭和60年分)

類 似

同業者

①売上金額

②売上原価の額

③算出所得の金額

④平均売上

原価率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

2億3340万0920円

1億6407万9430円

837万8909円

0.7030

0.0358

B

1億4844万5745円

9799万2893円

1475万2106円

0.6602

0.0993

C

2億3359万2934円

1億5461万4331円

2551万7898円

0.6619

0.1092

D

2億0121万2894円

1億3343万6740円

1137万9422円

0.6632

0.0565

合 計

2.6883

0.3008

平 均

0.673

0.075

別表

四類似同業者(事業所得)の所得率表 (昭和61年分)

類 似

同業者

①売上金額

②売上原価の額

③算出所得の金額

④平均売上

原価率

(②÷①)

⑤算出

所得率

(③÷①)

A

2億3854万9429円

1億6596万1536円

802万1884円

0.6958

0.0336

B

1億5828万2765円

1憶0271万9611円

1773万2295円

0.6490

0.1120

C

2億2689万0544円

1億4786万3022円

2174万4806円

0.6517

0.0958

D

1億9859万9212円

1億3256万8601円

860万0050円

0.6676

0.0433

合 計

2.6641

0.2847

平 均

0.667

0.071

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